札幌地方裁判所 平成5年(行ウ)20号 判決 1995年11月28日
北海道苫小牧市三光町四丁目二-四
原告
山本克己
右訴訟代理人弁護士
林裕司
東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
被告
国
右代表者法務大臣
田沢智治
右指定代理人
土田昭彦
同
垂石善次
同
吉水元男
同
村松健文
同
房田達也
同
池田敏雄
同
柏樹正一
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金二六四三万五一〇〇円及びこれに対する平成元年一二月三〇日から支払済みまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案
本件は、従前所得税について青色申告の承認を受けていた原告が、昭和五九年分以降について青色申告の承認が取り消されたとして、同年分から昭和六三年分までの所得税について白色修正申告を行い、所得税及び重加算税を納付したが、右修正申告は、客観的に明白かつ重大な錯誤に因りなしたものである等と主張して、被告に対し、納付した二六四三万五一〇〇円の返還及びこれに対する納付の日の翌日以降の日である平成元年一二月三〇日から還付のための支払済みまで国税通則法五八条所定の年七・三パーセントの割合による還付加算金の支払いを求めるものである。
一 当事者間に争いのない事実等
1 原告は、北海道苫小牧市内に住所を有し、北海道勇払郡厚真町において、「道南機興」の屋号で、主としてブルドーザーやパワーショベル等重機関係の機械修理業を営んでいた(なお、原告は、平成元年一〇月一日、有限会社道南機興を設立し、右会社が右事業を承継した。)。
2 原告は、昭和五五年三月一四日、所得税の青色申告の承認申請書を所轄の税務署長に提出して承認を受け、昭和五五年分以降の各年分の所得税について、所得税法一四三条による青色の確定申告書を提出し、納付していた。
3 原告は、昭和五六年一二月二八日には、青色申告者の特典の一つである、租税特別措置法二五条の二第四項による、「みなし法人課税選択の届書」を提出して、昭和五七年分以降の所得税についてはみなし法人課税による所得税の確定申告書を提出し、納付していた。
4 原告は、昭和五九年一二月上旬、昭和五六年分ないし昭和五八年分の所得税につき税務調査(以下「前回税務調査」という。)を受け、その結果に基づいて修正申告書を提出し、苫小牧税務署長はこれに基づき重加算税賦課決定をし、原告は納付すべき税額及び重加算税を全額納付した。
5 原告は、昭和五九年分ないし昭和六三年分の所得税について、法定申告期限内に、別紙申告状況等一覧表の確定申告欄の記載のとおりの内容の青色の確定申告書を苫小牧税務署長に提出し、これに基づいて納付した。
6 札幌国税局係官池田真司(以下「池田」という。)、同菅原賢司(以下「菅原」という。)、苫小牧税務署係官成田静治(以下「成田」という。)、同木下一也(以下「木下」という。)及び同佐藤義彦(以下「佐藤」という。)は、平成元年九月四日から同月七日までの間、原告事業所及び自宅において、原告の昭和五九年分ないし昭和六三年分の所得税について、税務調査(以下「本件税務調査」という。)を実施した。
7 原告の妻である山本満子(以下「満子」という。)は、平成元年九月八日、税務調査の結果に基づく成田の説明を受けて、原告名義で昭和五九年分ないし昭和六三年分の所得について、青色申告の承認が取り消されることを前提とした数字で白色による修正申告書を提出した(以下「本件修正申告」または「本件修正申告書」という。)。
8 苫小牧税務署長は、平成元年九月一一日、原告に対する青色申告の承認のうち、昭和五九年分以降のものを取り消す旨の処分をし、その旨原告に通知した。その後、苫小牧税務署長は、本件修正申告書を受理した。
苫小牧税務署長は、平成元年一〇月一二日付で、原告に対して、本件修正申告に伴い納付すべき税額のうち、売上除外などの隠蔽仮装事由部分について重加算税の賦課決定を行った。
10 原告は、平成元年一一月二九日、所得税本税と重加算税の合計二六四三万五一〇〇円を被告に対して納付した。
11 原告は、青色申告承認取消し処分に伴う昭和五九年分ないし昭和六三年分の事業主報酬及び事業専従者給与にかかる源泉所得税について、誤納還付請求書を提出し、その請求に基づいて、平成元年一〇月一九日、四五五万〇四二〇円が原告に還付され、右還付金は本件修正申告にかかる本税額に充当された。
そのため、原告が平成元年一一月二九日に納付した金額のうち、右還付金相当額四五五万〇四二〇円は、未納となっている延滞税二七八万二八〇〇円の納付に充てられ、残額一七八万七六二〇円は、還付加算金一万一二〇〇円と合わせて、平成二年一月三〇日に株式会社北海道拓殖銀行苫小牧支店の原告名義の預金口座に振込送金された。
(弁論全趣旨)
二 争点
本件修正申告が客観的に明白かつ重大な錯誤に因るもので、所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば納税義務者である原告の利益を著しく害すると認められる特段の事情があるか。
(原告の主張)
1 青色修正申告をすべきところを白色修正申告した点についての表示及び内容の錯誤
原告が本件修正申告書を成田に交付した平成元年九月八日当時、原告は未だ青色申告の承認を取り消されておらず、かつみなし法人課税の適用を受けていた。したがって、右時点で原告の行う修正申告は、青色の申告書を用い、内容も青色申告者としてのそれでなければならなかった。
にもかかわらず、成田は、青色申告承認取消しを見越して、右取消しによる課税所得額二八三七万九三〇一円を含む所得税額の記載された、白色の修正申告書に、満子をして署名させたものであり、本件修正申告はその形式及び表示内容において錯誤がある。
2 金額の錯誤
(一) 本件修正申告書の所得金額については、前記のように青色申告承認取消しによる課税所得額二八三七万九三〇一円が含まれているだけでなく、以下の売上所得が成田の誤認により重複計算されていた。
(1) 昭和六二年分につき
昭和六二年一一月六日北商カイハツ一五〇万円のうち一〇〇万円の部分
(2) 昭和六三年分につき
昭和六三年三月三一日苦石一五〇万円の全額
(二) 本件修正申告書記載の金額のうち、満子の陳述に基づき計上された六四一万円の所得(昭和五九年分五七万円、昭和六〇年分三九万円、昭和六一年分三二〇万円、昭和六二年分一八〇万円、昭和六三年分四五万円)は、売上所得とはされているが、資料等で証明するものはなく、税務当局が職権で所得を認定する場合の税務の計算方法である損益法と資産増減法による所得の証明もないから、申告すべきものとはいえない。
(三) 本件修正申告では、毎年七〇万円の小口現金売上が見込み計上されているが、満子は右事実を陳述していないし、これを裏付ける資料もない。
3 錯誤が客観的に明白かつ重大な事情
成田は、本件修正申告書が満子から交付された平成七年九月八日時点で、原告が青色申告者であること、本件修正申告書には青色申告承認によって増加する収入も既に計上されていたこと、税務当局が実質的には推計した所得及び根拠が疑問のある所得も計上されていたことを知っていた。
4 所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、原告の利益を著しく害する特段の事情
(一) 満子の無権代理
本件修正申告書は満子によって作成、提出されたが、原告が満子に右事項につき、代理権を授与した事実はない。
(二) 本件修正申告書の作成にあたっては、課税標準、税額等の記入を成田が行い、その内容について、原告は何ら関与していない。
さらに、成田は原告及び満子に対し、本件修正申告書に記載された課税標準等について何ら具体的な説明を行わず、その内訳も明示せず、かつ、課税標準等について弁明や陳述の機会を与えないまま、満子に原告名義で本件修正申告書を提出させたものであるから、原告は所得金額を検討する余地のないまま本件修正申告書を提出させられたというべきである。
(三) 満子が本件修正申告書に署名押印したのは、成田から「取引先に迷惑がかかることもないし、新聞に名前が出ることもないし、これ以上脱税を追及しないから署名押印するように」と慫慂され、また、本件修正申告書に署名押印しないことで原告の商売の維持ができなくなるのではないかと思い込まされ、かつ記載された課税標準及び税額等につき検討する時間的余裕を与えられていなかったからである。
(四) 本件修正申告書に記載された所得金額のうち、小口売上を一律加算したとする三五〇万円及び課税根拠のない売上六四一万円は、税務当局による推計所得であり、本来納税者から不服申立てがあれば、税務当局が立証責任を負い、更正処分を通じて是正されるべきものであった。しかるに成田は、これを(三)記載の慫慂を通じて原告が自ら申告したという形式をとらせ、立証責任を納税義務者に転換したのであり、原告の不服申立ての機会を意図的に奪ったものと言える。
(五) 個人事業者の青色申告の承認の取消し事例は、原告程度の所得税脱漏事案であれば、ほとんど見られない。また、原告は、本件修正申告書を提出したことで青色申告承認取消し処分の宥恕を受ける機会を失った。
以上の各事実からすれば、本件修正申告に関する錯誤については、所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば原告の利益を著しく害するは認められる特段の事情があると言える。
(被告の反論)
1 本件修正申告書を提出したことに関連する錯誤の主張について
満子は、本件修正申告書が正式には所得税の青色申告の承認取消しの後に受理されることを了解した上で、成田に対し、本件修正申告書を交付したものである。したがって、当時右交付の時点で原告がなお青色申告であるにもかかわらず、満子が白色の修正申告書の様式を用いて、青色申告承認取消しによる所得金額が課税標準として記載された本件修正申告書を交付したとしても、申告の方法についても申告の金額についても何ら錯誤はないというべきである。
2 金額の錯誤の主張について
課税の基礎となった本件修正申告書記載の所得金額は満子の申立てにより算定したものである。
3 所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、原告の利益を著しく害する特段の事情について
(一) 満子による本件修正申告書の作成、提出は、原告による具体的又は包括的指示に基づきされたものであり、かかる納税申告も原告の意思によるものとして有効である。
(二) 満子が本件修正申告書を作成するにあたり、菅原ら札幌国税局係官及び苫小牧税務署係官は、原告及び満子に対して、除外されていた売上金額や架空に計上されたリース料の金額を説明し、また、青色申告の承認取消し処分がされた場合とされない場合のそれぞれの税額計算を示して説明した。さらに、成田は、満子に対して、本件修正申告書の提出を求める際に、青色申告の承認取消し処分がされる場合の数字で修正申告書を提出してもらいたい旨説明していたものであり、また、前記のように課税の基礎となる所得金額も実際満子の申立てにより算定されたものである。
(三) 満子が本件修正申告書に署名押印するに際し、成田が満子に対し原告主張のような文言を申し向けて慫慂した事実はなく、仮に満子が、本件修正申告書を提出しないと原告の商売の維持ができなくなるのではないかと思い込んで、本件修正申告書に署名押印したものであったとしても、それは動機の錯誤にすぎないところ、本件修正申告書作成において、そのような動機が表示されていたとはいえない。
(四) 本件修正申告書に記載された所得金額のうち、小口売上を一律加算したとする三五〇万円及び課税根拠のない売上六四一万円は、満子が自ら申し立てた金額である。また、不服申立ての機会を失ったのは、原告及び満子が自らの意思で修正申告書を提出したからで、納税者の責めに帰せられない理由により更正の請求をすることができなくなったものではない。
(五) 青色申告制度は、誠実で信頼性のある帳簿書類の記帳を約束した納税者がその帳簿書類に基づいて所得金額を正しく算出して納税申告することを期待し、納税者に各種の特典を付与するものであるところ、原告は、前回税務調査でも重加算税を賦課されていることに加え、今回も多額の不正計算をしており、もはや青色申告者としてふさわしくないと言わざるを得ない。
以上のとおり、本件修正申告に仮に錯誤があったとしても、所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないと原告の利益を著しく害すると認められる特段の事情はない。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人目録記載のとおりである。
第四争点に対する判断
一 証拠によって認められる事実
1 本件税務調査の概要
(以下の事実認定に採用した証拠は、別に掲げたものの外、証人成田である。)
(一) 平成元年九月四日
成田及び池田は、原告事業所を訪れ、原告に所得税の確認調査に来た旨伝え、身分証明書を提示した。原告は帳簿などの記帳は満子に一切任せているので自分では分からない、自分は所用がある旨告げ、事業所を後にしたので、税務調査には満子が立ち会うことになった。
その後、引き続き税務調査は満子の立ち会いの下、原告の自宅で行われ、成田、池田の外、菅原、木下及び佐藤が実施した。
(二) 同月五日
菅原、池田及び成田は、前日に引き続き原告事業所に赴き、税務調査を続行した。右三名は、税務調査の過程で原告が株式会社北海道銀行苫小牧支店に架空名義の預金口座を有しているのではないかとの疑念を抱き、一方、満子は佐藤商会による架空リース料計上の事実を認めるに至った。
(三) 同月六日
成田らは、株式会社北海道銀行苫小牧支店に赴き、銀行調査を行い、真実は原告のものではないかと疑われる、同支店の菊地吉行名義の普通預金口座を発見した。
(四) 同月七日
菅原、池田及び成田は、再度原告事業所を訪れたが、原告が不在だったため、満子から前記菊地吉行名義の普通預金口座について事情を聴取したところ、満子は右口座が真実は原告の口座であることを認めるに至った。満子は、右口座につき、佐藤商会との取引の中で手形の取立てを頼まれた場合に使っていたものである旨説明し、当初は原告の収入除外の事実を否定していたが、さらに事情聴取を進めるうちに、右口座の入金の一部が原告の収入除外によるものであることを認めるに至った。しかし、具体的に入金のうちのどの部分が、収入除外によるものであるかについては満子から具体的な供述を得られなかった。
そこで、成田らはいったん原告事業所を辞去した後、佐藤商会で反面調査を行い、その結果、佐藤商会から原告及び満子に手形の取立てを委任した事実はない旨の回答があり、菊地名義の口座への入金全てが収入除外によるものではないかとの疑念が持たれたので、菅原らは、その日の夕方、満子を苫小牧税務署に呼び出して、調査を続けた。
池田が取引先にも確認をする必要があるかもしれない等告げ、満子を問い質した結果、満子は、菊地名義の口座への入金のうち、収入除外に当たるものに印を付けて特定するに至り、また、小口現金売上の除外として七〇万円程度の売上のある事実も認めた。
(五) 同月八日
菅原らは、本件税務調査に関して、最終的に原告の意思を確認するため、午前一〇時ころ、原告及び満子を苫小牧税務署に呼び出し、税務調査で問題とされている内容、即ちリース料の架空計上、架空名義の普通預金口座を用いた収入除外及び小口現金売上の除外の三点について説明し、項目別に調査算定した金額も説明した。右金額の算定にあたっては、いずれも満子からの事情聴取の結果を基礎としていた(証人菅原)。
さらに菅原らは、原告に対する青色申告承認取消しの可能性を示唆しながら、右取消しのある場合とない場合のそれぞれについての数字の記載された二通りの修正申告書控を原告及び満子に提示し、右取消しに関する税務署長の判断のつき次第、修正申告書を提出するように、そして青色申告承認取消し処分のあった場合には白色の修正申告をしてほしい旨告げた(証人菅原)。
また、菅原らは、原告及び満子を促して、満子に対し、(1)菊地名義の口座を通じて収入除外、(2)架空リース料の計上及び(3)小口現金売上の除外の事実をいずれも認めた上で、反省をしているので寛大な処分を願いたい旨の、原告名義の申述書(乙六)を提出させた。
菅原らは、その日の夕方、再度満子を苫小牧税務署に呼び出し、原告の青色申告承認が取り消される見込みであることを告げた上、右取消しのあった場合の金額の記載された修正申告書の提出を促し、その結果満子は本件修正申告書を提出するに至った(乙八ないし一二)。
2 原告事業所における満子の立場及び権限等
(一) 従前、原告事業所では確定申告書の作成をも含め、経理上に関することは、専ら満子が任されていた(原告本人)。
(二) 原告は、前回税務調査の際にも立ち会わず、専ら満子に立会いを委ねていたものであり、本件税務調査に際しても殆ど立ち会うことなく、立会いは満子に任せていた(証人満子、原告本人)。
(三) 菊地吉行名義の預金口座の開設は、満子が行ったものであり、また、原告は売上除外や架空リース料の計上をするに当たってはその都度満子に指示をした上で行っていたもので、満子は原告の脱税の全容をほぼ把握しうる立場にあった(証人満子、原告本人)。
(四) 満子は、平成元年九月七日夕方までには、本件税務調査で問題とされている各事項について、原告にも報告した(証人満子、原告本人)。
二 判断
1 青色修正申告書を提出すべきところを白色修正申告書を提出した点に関連する錯誤の主張について
(一) 前示のように菅原らは、本件修正申告書提出に先立ち、満子に対し、原告の青色申告承認が取り消される見込みであることを告げた上で、取消しのあった場合に備えて白色修正申告書を提出するよう促しているのであるから、満子としても、本件修正申告書が意味を持つ(即ち本件修正申告書が正式に受理される。)のは、青色申告の承認取消し後のことであることは了解していたというべきであり、平成元年九月八日時点で原告が未だ青色申告者であったにもかかわらず、白色の修正申告書の様式を用いて、青色申告承認取消しによる所得金額が課税標準として記載された本件修正申告書を菅原らに交付し、その後、青色申告承認が現実に取り消され、所得税本税及び重加算税の納付を余儀なくされたとしても、修正申告の方式についても金額についても錯誤の事実は認められないというべきである。
(二) 満子は、本件修正申告書提出の時点では青も白も分からなかった旨供述するが、九月八日午前中の時点で青色申告承認取消しの可能性を予期していたことは満子自身認めるところであり、また、従前、原告事業所では確定申告も含め経理上に関することは全て満子が行い、原告の行う脱税にも深く関与していたことに照らすならば、青色か白色という所得税に関する基本事項で、かつ、みなし法人として事業を営むものにとっては極めて重大な関心のあるような事項につき、分からなかったという満子の右供述は採用することができない。
2 金額の錯誤に関する主張について
(一) 前示のように本件修正申告に記載された所得金額は、それまでの税務調査における満子の陳述を最終的に基礎としたものであるから、仮に原告主張のように所得金額が重複計算される等客観的事実関係に反する事項があった場合でも、客観的に明白かつ重大な錯誤とまでいえるかどうかについて、疑問の残るところであり、この点をひとまず措いたとしても、後述のとおり所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者である原告の利益を著しく害するとまではいえないというべきである。
(二) 原告は、本件修正申告書の作成及び提出につき、満子に代理権を授与した事実はない旨主張する。
しかしながら、満子は従前原告に代わって確定申告等を行い、原告の脱税工作にも協力し、原告事業所の記帳を行い、帳簿の付け方、脱税の概要等も熟知していたのであり、しかも、本件税務調査に際しては原告から立会いを任されていたものであり(満子は前回税務調査の際にも原告に代わって立ち会っている。)、かつ菅原らは満子の本件修正申告書提出に先立ち、原告自身にも本件税務調査の結果を説明し、青色申告承認取消しの場合には白色の修正申告をして欲しい旨告げていたのであるから(これに対し原告が積極的に異議を述べたことを窺わせる証拠はない。)、満子による本件修正申告書提出は、原告の代理人によるものとして、有効であるというべきである。
(三) また、原告は、本件修正申告書の作成につき、十分な弁明や陳述の機会を与えられていなかった旨主張するが、前示認定の事実経過に照らすならば、本件修正申告に至るまでの税務調査の間に、原告は、自ら又は満子を通じて税務当局に対し弁明及び陳述をする機会を与えられており、課税対象となる金額についても検討の機会は十分与えられていたというべきである。
(四) さらに原告は、満子が本件修正申告書に署名押印したのは、成田から「取引先に迷惑がかかることもないし、新聞に名前が出ることもないし、これ以上脱税を追及しないから署名押印するように。」と慫慂され、また、本件修正申告書に署名押印しないことで原告の商売の維持ができなくなるのではないかと思い込まされたからである等主張する。
確かに、本件修正申告書に満子が署名した時点では、満子は税務当局から修正申告書の提出を強く求められており、また、本件によって原告の青色申告承認が取り消されるばかりか、修正申告を許否した場合には、原告の取引先にも調査が入り、今後原告の商売がたちいかなくなる可能性すらあると危惧し、心理的に追い詰められた状況にあったことは想像に難くないが、それでも満子が本件修正申告書に署名したことが、錯誤等意思表示の瑕疵に困るものであったとまで認めるに足りる証拠はなく、そして、満子が右のように心理的に切迫した状況で本件修正申告書に署名したとしても、それだけでは直ちに、所得税法の定めた方法以外に過誤の是正を許さないならば納税義務者である原告の利益を著しく害するとまではいえない。
(五) 原告は、これらの外、所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば原告の利益を著しく害することになる根拠として、(1)税務当局は実質的には推計所得であるものを、原告に修正申告の方法を採らせることで、立証責任を原告に転換し、その不服申立ての機会を意図的に奪った、(2)原告は本件修正申告書の提出がなければ、青色申告承認の取消し処分もなかった又は宥恕の可能性もあった、の二点も挙げている。
しかしながら、(1)のような立証責任の転換という結果を招来したのは、最終的に満子が自らの意思で本件修正申告書を提出したからであって、原告又は満子の責めに帰せられない事由により更正の請求をすることができなくなったものではなく、この点に関する原告の主張は理由がないといわざるを得ない。
また、(2)の点についても、前示のように、本件修正申告書が菅原らに交付された平成元年九月八日夕刻の時点では、既に原告の青色申告承認取消し処分は予定されていたのであって、本件修正申告書提出の結果、右取消しに至ったものではない。そして、原告が前回税務調査で重加算税を賦課され、今回も種々の不正計算をしているにもかかわらず、本件修正申告書の提出がなければ、苫小牧税務署長が当初の方針を覆して、青色申告承認取消しを宥恕する可能性があった旨認めるに足りる証拠もないから、この点に関する原告の主張も理由がない。
3 したがって、原告主張の錯誤原因のうち、青色修正申告書を提出すべきところを白色修正申告を提出したことに関連する主張については、そもそも錯誤の事実が認められないし、金額の過誤の主張については、仮に原告主張のとおりの事実があったとしても、少なくとも所得税法の定める方法以外にその是正を許さないならば原告の利益を著しく害するとまでは言えない。
第五結論
よって、原告の請求はその余の点について判断を加えるまでもなく失当であるから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石田敏明 裁判官 田代雅彦 裁判官 小出啓子)
(別紙)
申告状況等一覧表
<省略>